体内を移動するミトコンドリア
ミトコンドリアの移動 (mitochondrial transfer)

まとめ
ミトコンドリアは体内で細胞間を自由に出入りして、活発に移動しています。 これを「ミトコンドリアの移動」(Mitochondrial transfer)といいます。
解説
われわれの体の細胞の中には、ミトコンドリアが共生しています。 ミトコンドリアがエネルギーを産生することにより、高度な生命機能が維持されて、激しい運動や、生物の高度な進化が可能になりました。
このミトコンドリアは、細胞内に固定したものではなく、いろいろな細胞の間で自由に出入りして移動しているらしいという、驚くべき研究結果が発表されています。
しかも、この細胞の間でのミトコンドリアの移動は、酵母などのカビ、軟体動物、ネズミなどのげっ歯類など、たくさんの生物で、日常的に行われているようです。
ミトコンドリアは、約20億年前に好気性細菌が有核細胞に侵入して寄生し、それ以来、共生関係を維持しているものです。 それ以来、ミトコンドリアは、宿主生物の受精・誕生から死亡まで、同じ宿主細胞の内部で一生を過ごす固定した共生の関係と考えられてきました。
しかし実際には、細胞内に固定した共生ではなく、ミトコンドリアは別の細胞にも自由に移動して入り込んで、そこで活躍する能力を、もともと持っているようなのです。
ミトコンドリアが細胞間を移動することは、太古の昔に偶然一度だけ起こった出来事ではなく、いまでも全身各所の臓器の細胞の間で、ミトコンドリアは自由で活発に出入りして細胞間を移動しているのです。
病気のときには、ミトコンドリアは、体内で具合が悪くなった細胞に移動して、その細胞の機能を修復したり、免疫を活性化したりして、宿主細胞を守って、細胞死から救っています。
まるでヒロインがピンチの状況に陥ったときに、どこからともなく現れて弱い人を助ける正義の味方のヒーローのような存在です。
従来の研究では、ミトコンドリアは、食べ物の栄養からATPのエネルギーを産生するだけの役割だと考えられていました。 ところが、最近の研究によると、ミトコンドリアは、さまざまな情報を伝達して細胞の機能を調整して維持したり、外部から侵入した有害な病原体と戦うために免疫系を介して攻撃したり、じつに多くの役割を担当していることが明らかになっています。
しかも、ミトコンドリアは、その形を変えたり、別の場所に移動したり、かなり自由に臨機応変な活躍をしているようなのです。
(参考文献)
Chandel NS, Quintana-Cabrera R, et al. Nature Metabolism 7: 1716-1719, 2025.
ミトコンドリアの移動 (mitochondrial transfer)

まとめ
ミトコンドリアは、3通りの方法で、体内を自由に移動しています。
それらは、トンネルナノチューブ、細胞外小胞、直接単独移動の3つの方法です。
解説
ミトコンドリアの移動方法は、3通りあるようです。
第1の方法は、トンネルナノチューブ(TNT: tunneling nanotubes)です。
近くの細胞との間をつなぐ細い腕のような連絡通路を細胞から延ばして、その連絡チューブの中をミトコンドリアが移動して、別の細胞に移ります。 これがトンネルナノチューブ(TNT)です。
細胞膜ナノチューブの長さは、細胞自身のサイズの数倍の長さの場合もあり、異なる細胞間でタンパク質、mRNA、ミトコンドリアRNA、細胞内小胞、ときにミトコンドリアを丸ごと輸送したりします。
この細胞間のブリッジは、新しくできたり、消えたり、存続したりしています。
そして、がん細胞が免疫細胞の攻撃を避けるためにミトコンドリアをハイジャックするときに関与します。
また、インフルエンザやCOVID-19でウイルスがタンパク質や遺伝子をほかの細胞に送る際にも関与しています。
また、心筋梗塞による酸素不足で心筋細胞が傷ついたときに、健康なミトコンドリアを送り込んで細胞を回復させるときにも、関与しています。
このように、トンネルナノチューブは、病気が悪化する際にも、改善する際にも、さまざまに関係しています。
第2の方法は、細胞外小胞(EV: extracellular vesicles)です。
微小な水滴のような形の脂質の膜につつまれた小胞のカプセルに入って、細胞外に出て、血流に乗って遠くの細胞まで流れ着いて、そこで細胞に取り込まれることで、ほかの細胞に移動します。 これが細胞外小胞(EV)です。
第3の方法は、直接単独移動です。
ミトコンドリアが単独で、直接血液中に出て遠くの細胞に流れ着いて、そこで弱った細胞に入り込み、細胞をふたたび元気にする方法です。
このように、いろいろな手段で、ミトコンドリアは体の中を活発に移動しているのです。
(参考文献)
1. Chandel NS, Quintana-Cabrera R, et al. Nature Metabolism 7(9): 1716-1719, Sept 2025.
2. Borcherding N. & Brestoff J. R. Nature 623, 283–291, 2023.
3. Islam M. N. et al. Nature Med. 18, 759–765, 2012.
4. 三木敏生. 日大医誌 79(5): 313-315, 2020.
ミトコンドリア移動の治療への応用
ミトコンドリア移植

まとめ
「ミトコンドリア移動」(Mitochondrial transfer)の治療への応用として、「ミトコンドリア移植」の研究がすすんでいます。
解説
ミトコンドリアが移動することにより、病気で弱った脳の神経細胞がまた元気に回復したりします。
重症の肺の炎症でも、ミトコンドリアが移動して炎症のダメージから細胞を回復させ、さらに周囲の細胞も元気に復活させたりしています。
こうしてレシピエント細胞のミトコンドリア機能不全を代償しているのです。
あたかも、病気で動けない人が訪問診療の治療を要請したり、レスキュー隊が災害現場に駆け付けてけが人を救護したり、医療ドラマのER救命救急室のような話です。
それと似た医療行為が、ヒトの体内でも、ミトコンドリアによって行われているというのです。 われわれの自覚していないところで、ミトコンドリアによるミクロの世界での病気の治療が行われているとは、驚きの事実です。
この「ミトコンドリア移植」の現象を臨床の治療で応用して、これまで治療法のなかった難病であるミトコンドリア病を治療しようという試みがあります。
ヒトの健康なミトコンドリアを他人に移植して、ミトコンドリアの異常で起こる先天性の病気を治療しようというアイディアです。
米国のある病院では、生まれつき心臓に病気をもつ乳幼児を、ミトコンドリア移植で治療する臨床治験も始まっているようです。
(参考文献)
Conroy G. Nature Digest 22(7), doi: 10.1038/d41586-025-01064-5, Apr 10, 2025.
三木敏生. 日大医誌 79(5): 313-315, 2020.











