肺のバイオフィルム

まとめ
肺にもバイオフィルムができます。
気道マイクロバイオームは宿主と相互作用をおこなっています。
たとえば慢性呼吸器疾患で緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)は、気管支にバイオフィルムを形成して、ほかの細菌の定着や発育を阻害します。
解説
以前は、肺の末梢組織の中は、無菌状態だと思われていました。 しかし、肺の奥深くにも細菌やウイルスがたくさん棲んでいることが分かってきました。
しかも、気道マイクロバイオームは宿主と相互作用をおこなっていることが、最近の研究で分かってきました。
さらに、肺にもバイオフィルムができます。
緑膿菌は肺の感染症をよく起こす細菌ですが、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)は、アルギネートを分泌して気管支に厚いムコイドバイオフィルムを形成します。 そして、インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)などライバルとなるほかの細菌の定着や発育を阻害します。
慢性呼吸器疾患では、気道マイクロバイオームの変化が、病状の悪化に影響している可能性が指摘されています。
呼吸器の細菌叢(Respiratory MIcrobiome)

まとめ
呼吸器の細菌叢(Respiratory MIcrobiome)の乱れが、特発性肺線維症(IPF)や、全身の臓器の線維化を起こすことが、最近の研究で明らかにされました。
解説
肺や気管支の内部にも、常在細菌叢があり、宿主の健康維持のために大切な役割を果たしています。
肺の末梢の奥深く(下気道)のマイクロバイオームは、軽膣分娩、健康的な食事、運動などで、健全化します。
しかし、肥満、不健康な食事、抗生剤の頻回の使用などで容易に変化して、下気道細菌叢の不健全化(dysbiosos)が起きます。
ここでは、三重大学の小林 哲博士の研究を手短に紹介しましょう。
呼吸器内部の細菌叢が乱れると、ある種の細菌に由来する物質が、細胞死(アポトーシス)・細胞の老化・上皮間葉転換(EMT)・内皮障害・凝固系の活性化・炎症プロセスなどを起こし、やがて肺組織だけでなく全身の臓器の線維化につながるのです。
そして、肺線維症や、心不全、腎不全、脳神経疾患、炎症性腸疾患、生活習慣病、肥満、糖尿病、自己免疫疾患、整形外科疾患、婦人科疾患、皮膚疾患など、全身の臓器の機能不全の原因となるというのです。
特発性肺線維症(IPF)という難病があります。 咳、呼吸困難、低酸素血症、右心不全などの症状が進行増悪して、診断後の平均生存期間は3~5年という予後の悪い病気です。
IPFでは、細菌叢に変化が起きて連鎖球菌(Streptococcus)やブドウ球菌(Staphylocpccus)が増え、Streptococcus nepalensis他ある種の連鎖球菌やブドウ球菌などの細菌由来のコリシン(Corisin)というペプチドが増加します。
コリシンは、上皮細胞で活性酸素を蓄積して、ミトコンドリア機能障害(膜障害)を起こし、アポトーシスの誘導、上皮間葉転換(EMT)、細胞老化、炎症反応、肺障害、肺の線維化へと進みます。
血中に増加したコリシンは血清アルブミンと強く結合して安定した状態で体内を回ります。 そして全身の臓器で、ミトコンドリア機能障害、細胞老化、アポトーシスの誘導、組織の繊維化、発がん、がんの進行にも関与することが分かってきました。
この繊維化リモデリングは、腎臓、肝臓、肺、心臓など、多くの臓器で細胞損傷、炎症反応、臓器繊維化を起こし、やがて腎硬化症、肝硬変、心筋線維症、肺線維症などを起こします。
小林博士の研究はさらに進み、最近、コリシンの中和抗体(抗コリシン抗体)が研究開発されています。 抗コリシン抗体が臨床応用されて、コリシンによる全身の炎症反応の一連の過程が抑制できる日がやがて来ることが期待されます。
もしかすると、特発性肺線維症(IPF)も抗コリシン抗体で治療できる時代が来るかも知れません。
(参考文献)
1. Natalini JG, Singh S, Segal LN, Nat Rev Microbiol 21, 222-235, 2023.
2. Liu S, Liu H, et al. Front Cell Dev Biol 13, 1535601, Mar 31, 2025.
3. Molyneaux PL, Moffatt MF, et al. Am J Respir Crit Care Med 190(8): 906-913, 2014.
4. D’Alessandro-Gabazza CN, Kobayashi T, et al. Nat Commun 11(1): 1539, Mar 24, 2020.
5. D’Alessandro-Gabazza CN, Kobayashi T, et al. Nat Commun 13(1): 1558, Mar 23, 2022.
6. Fujimoto Y, Kobayashi T, et al. Nat Commun 16(1): 7591. Aug 25, 2025.
血液内のバイオフィルム

まとめ
医療のカテーテル感染では、カテーテルに付着したバイオフィルムが感染の原因になります。 カテーテル感染が起きると、抗生剤による治療が無効で、カテーテルを抜去して、別のカテーテルに交換する必要があります。
重症の呼吸不全で使われるECMO(体外式膜型人工肺)も微生物の生育に適した環境で、バイオフィルムのできやすい場所です。
解説
血液が流れている血流の中でもバイオフィルムができます。
カテーテル感染:
病院で長期間点滴治療を継続するときに、心臓近くまで深くカテーテルを挿入して、中心静脈にカテーテルを留置しますが、このカテーテルに感染が起こることがあります。 カテーテル感染では、カテーテルに付着したバイオフィルムが感染の原因になります。
血管の中で、常に血流に触れている留置カテーテルの表面にも、バイオフィルムができるとは驚きます。
カテーテル感染が起きると、抗生剤による治療は無効な場合が多く、カテーテルを抜去して、新たに別のカテーテルを再挿入して交換する必要があります。
バイオフィルムの一部がはがれて血流に乗って流れたり、カテーテルを抜去する時に静脈内に残ったバイオフィルムが、肺循環に流れて肺の末梢血管でトラップされます。 その菌塊が肺の組織で感染を起こす前に、マクロファージに処理してもらう必要があります。
ECMO:
もっと驚く話があります。
皆さんは、ECMO(エクモ)という言葉を聞いたことがおありでしょうか?
ECMO(Extracorporeal Membrane Oxygenation)は「体外式膜型人工肺」と訳されます。
重症の呼吸不全や重症の心不全で、肺や心臓の機能が低下すると、肺での酸素化や全身の血液循環ができなくなります。 そのとき、肺と心臓の働きをしばらくの間代替えする装置がECMOです。 肺と心臓が機能しなくても全身に酸素を供給し続ける装置です。 この装置で、もとの病気が回復するまで時間をかせいで、治療の橋渡しをすることが期待できます。
新型コロナウイルス感染が世界中に急拡大したときに、肺の酸素化ができない重症の肺炎に陥った患者さんたちが肺炎から回復するまで時間をかせいで、生命を維持する装置としてECMOが世界中で使われました。
実際の方法は、体の中でも特に太い血管に太いカニューレの管を2本挿入して、脱血管から血液をECMO回路に流し、膜型の人工肺で血液を酸素化して、遠心ポンプで再び送血管から体に送り込みます。 この装置を使うと、肺と心臓が働かない状態でも、ヒトはしばらく生き続けることができます。
心臓の手術で使う人工心肺と同じ仕組みです。
ECMOを使う患者さんたちは、もともと重症で体力が弱っているうえに、呼吸不全や腎不全で人工呼吸器や血液透析を受けていて、肺炎など重症の感染症で体力が低下した患者さんたちです。
さらにECMOの回路は塩化ビニール製の人工物の太いチューブですから、異物の表面に血液が接触する結果、炎症反応や免疫系の過剰な活性化が起き、感染に対する抵抗力の弱い二次的な免疫不全に近い状態になっています。
このような患者さんで、血液が流れるカニューレやチューブに細菌がバイオフィルムを形成します。 原因菌は、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌や腸球菌などが多いです。
ECMOの回路は、温かく、栄養豊富で、血流があり、振動しているので、細菌にとっては理想的な居心地の良い環境です。 バイオフィルム形成には絶好の場所です。
いったんバイオフィルムが形成されると、抗菌薬はその内部に届かないので、治療が困難な重症の感染症の敗血症に陥ります。
また、運よくECMOを離脱できてカニューレを抜去しても、バイオフィルムは血管内に残り、病原体が体中を流れる敗血症になることがあります。
このように、血流がある場所にはバイオフィルムができる可能性があります。
いったんバイオフィルムができると、治療が難しくて、とてもやっかいなことになります。










